葬儀が落ち着き、やっと一息ついた頃に見つかる遺言書。しかし、その内容がいまの家族の状況とあまりにかけ離れていて、戸惑ってしまうことは決して珍しくありません。「故人の意思は尊重したいけれど、このままでは現実的に困る…」そんな葛藤を抱えていませんか。
「遺言書があっても遺産分割協議」で内容を変更できるのか、法的な不安を抱える方は多くいらっしゃいます。この記事では、遺言と異なる協議が有効になる条件と、家族全員が納得できる正しい手順を解説します。
【忙しい方へ:要点まとめ】
結論から申し上げますと、相続人全員の合意があれば、原則として遺言書と異なる遺産分割協議は可能です。ただし、法的に有効とするためには以下の条件をすべて満たす必要があります。
| 項目 | 必須条件の内容 |
|---|---|
| 相続人の合意 | 相続人全員が遺言内容を知った上で、変更に合意していること |
| 受遺者の同意 | 遺言で財産を受け取る第三者(受遺者)がいる場合、その同意があること |
| 執行者の同意 | 遺言執行者が選任されている場合、その同意を得ていること |
| 禁止の有無 | 遺言書の中で「遺産分割の禁止」が定められていないこと |
遺言と異なる遺産分割協議が「有効」になるための4つの条件

この記事で分かること
- 遺言書よりも遺産分割協議を優先できる法的な条件
- 遺言執行者や受遺者がいる場合の正しい進め方
- 後々のトラブルを防ぐための不動産登記や税務の注意点
- 遺言と異なる分割を行った場合のリスクと回避策
遺言書は故人が最後に残したメッセージであり、原則として最大限尊重されるべきものです。とはいえ、遺言書が書かれた当時とは状況が大きく変わっていることもあるでしょう。お母様の介護が必要になっていたり、家を継ぐ予定だった長男が転勤になっていたりと、ご家族にも事情があるはずです。ここでは、遺言と異なる遺産分割が法的に認められるための具体的な要件を解説します。
条件1:相続人全員が遺言の内容を知った上で合意している
最も基本的かつ重要な条件は、相続人全員の合意が存在することです。一部の相続人だけで「こっちの方がいいだろう」と勝手に話し合いを進めることはできず、一人でも反対する者がいれば遺言書の内容が優先されます。また、全員が遺言書の存在と内容を正しく理解した上で、「あえて遺言とは違う分割をする」という意思決定を行う必要があります。
合意のポイント
- 相続人全員(行方不明者がいる場合は不在者財産管理人を含む)が参加していること。
- 遺言書の内容を隠したり、誤認させたりした上での合意ではないこと。
- 合意内容は書面(遺産分割協議書)に残し、全員が納得した証として実印を押印すること。
条件2:相続人以外の受遺者(財産をもらう人)が同意している
遺言書の中で、親族以外の第三者や、お世話になった団体などに財産を贈る「遺贈」が記載されている場合があります。この場合、相続人だけの話し合いでその権利を奪うことはできません。遺言と異なる分割を行うには、受遺者(遺贈を受ける人)の同意、具体的には遺贈の放棄などが必要となります。
受遺者への対応
- 包括受遺者:相続人と同一の権利義務を持つため、遺産分割協議に参加してもらう必要があります。
- 特定受遺者:特定の財産のみを受け取る権利があるため、その財産についての遺贈を放棄してもらう手続きが必要です。
条件3:遺言執行者がいる場合、その同意を得ている
遺言書で「遺言執行者」が指定されている場合、その権限は非常に強力です。民法上、遺言執行者がいる場合、相続人は遺産を勝手に処分したり、執行を妨げる行為をしてはならないと厳格に定められています(参照:法務省:民法(相続法)改正に関するQ&A)。したがって、遺言と異なる協議を行う際は、必ず遺言執行者の同意を得るようにしてください。後で「知らなかった」では済まされないトラブルを防ぐためです。
| ケース | 対応 |
|---|---|
| 遺言執行者がいない | 相続人全員の合意のみで進行可能。 |
| 遺言執行者がいる | 遺言執行者に事情を説明し、同意を得た上で協議を進める。同意がない場合の協議は無効となるリスクがある。 |
条件4:遺言書で遺産分割が禁止されていないこと
稀なケースですが、被相続人(亡くなった方)が「死後5年間は遺産を分けないでほしい」といった指定を遺言で行っていることがあります。もし遺言書にこの分割禁止の条項が含まれている場合、その期間中は原則として遺産分割協議を行うことができません。故人の強い意志がそこにあるからです。
確認すべき点
- 遺言書の条項に「〇〇年〇月まで遺産の分割を禁ずる」といった記載がないか。
- 禁止期間は最大で相続開始から5年間です。
遺言書と遺産分割協議書を併用する場合の具体的な手順と流れ

すべての条件が整えば、実際に手続きを進める段階に入ります。しかし、実務上は「遺言書の有効性」と「協議の合意」をどのように書面に残し、銀行や法務局へ提出するかが重要になります。まるでパズルのピースを合わせるように、慎重に進める必要があります。ここでは、ケースごとの具体的な手順を見ていきましょう。
遺言書に記載のない財産が見つかった場合の手続き
遺言書には自宅などの主要な財産しか書かれておらず、後から「趣味で持っていた地方の山林」や「ネット銀行の口座」などが見つかることは、実はよくある話です。この場合、遺言に記載された財産は遺言通りに承継し、記載のない財産についてのみ遺産分割協議を行うという「併用」が可能です。遺言書をベースにしつつ、足りない部分を協議で補うイメージです。
併用のステップ
- 遺言書にある財産は、遺言書を使って名義変更や相続登記を進める。
- 記載漏れの財産をリストアップし、誰が取得するか協議する。
- 協議書には「遺言書に記載のない一切の財産は〇〇が相続する」といった文言を入れることで、後日の発見時にも対応しやすくなる。
遺言執行者がいる場合の正しい進め方と同意の取り方
先述の通り、遺言執行者がいる場合は慎重な対応が求められます。無視して協議を進めると、後から手続きが無効と判断され、全てやり直しになる恐れがあるためです。まずは遺言執行者に連絡を取り、相続人全員が遺言とは異なる分割を望んでいる旨を誠実に伝え、書面での同意を取り付けることが確実です。
遺言執行者へのアプローチ
- 相続人全員の総意であることを明確に伝える。
- 遺言執行者が専門家(弁護士等)の場合、報酬が発生している可能性があるため、その精算についても話し合う必要がある。
- 「遺言執行者の辞任」または「協議への同意書」をもらうのが一般的。
遺言と異なる内容で不動産登記をスムーズに行う方法
不動産の名義変更(相続登記)は、法務局での厳格な審査があります。遺言書が存在するにもかかわらず、それとは異なる内容の遺産分割協議書を提出する場合、登記官に事情が伝わるよう書類を整えなければなりません。通常は、遺言書を添付せず、遺産分割協議書のみで申請する方法や、贈与として処理する方法などが検討されます。
| 方法 | 特徴 | 注意点 |
|---|---|---|
| 遺産分割協議書のみ提出 | 遺言書の存在を伏せて申請する(全員合意が前提)。 | 後から遺言書の存在が発覚した場合、トラブルの元になる可能性があるため、専門家の判断を仰ぐのが安全。 |
| 遺言通りの登記後に移転 | 一度遺言通りに登記し、その後「贈与」や「交換」で名義を変える。 | 登録免許税が二重にかかるほか、贈与税や譲渡所得税が発生するリスクが高い。 |
過去の判例から見る遺産分割協議が無効となるケースとは
過去の裁判例では、遺言と異なる遺産分割協議の有効性が争われた事例がいくつも存在します。基本的には「相続人全員の合意」があれば有効とされますが、例外的に無効と判断されるケースもあるため注意が必要です。「知らなかった」という落とし穴に落ちないよう、以下の点を確認してください。
無効リスクが高まる要因
- 一部の相続人が遺言書の存在を知らされていなかった(錯誤)。
- 強迫や詐欺によって、無理やり合意させられた。
- 遺言執行者が反対しているにもかかわらず、強引に協議を進めた。
- 受遺者の同意を得ていなかった。
遺言と異なる分割で注意すべき税務リスクと将来的な懸念点

遺言と異なる分割が「民法上(法律)」で有効であっても、「税法上(お金)」では別の問題が発生することがあります。特に心配なのは、本来の相続分を超えて財産を移動させることによる税負担の増加でしょう。「後から税務署が来るかも…」と不安にならないためにも、予期せぬ課税を避けるポイントを押さえておきましょう。
遺言書を無視すると法律違反や罰則がある?
まず安心してください。相続人全員の合意のもとで遺言書と異なる分割を行うこと自体は、法律違反ではありませんし、罰則もありません。被相続人の意思は尊重されるべきですが、残された家族全員が納得して別の形を選ぶのであれば、それが優先されるというのが現在の法解釈です。誰かを傷つけたり騙したりする行為ではないからです。
法的リスクの整理
- 刑事罰:なし(ただし、遺言書を勝手に隠したり捨てたりすると、相続欠格事由になるので注意)。
- 民事責任:全員合意なら問題なし。ただし、借金の返済逃れなどのために行う場合、債権者から取り消しを求められる可能性があります。
相続税申告への影響と「贈与税」がかかる危険性
税務署は形式を重視します。そのため、「遺言通りに一度相続した財産を、協議によって別の人に渡した」と解釈されると厄介です。この場合、本来の相続税に加えて、財産を渡した人から受け取った人への贈与税という、本来払わなくていいはずの税金が課税されるリスクがあります。国税庁も、遺言書の内容と異なる遺産分割をした場合の税務上の取り扱いについて指針を示しています(参照:国税庁:遺言書の内容と異なる遺産分割をした場合の相続税と贈与税)。
課税リスクを避けるには
- 当初から「遺産分割協議による相続」として申告書を作成する。
- 一度遺言通りの登記をしてから名義を変えるような「数次相続」的な処理は避ける。
- 遺産分割協議書が、当初の遺産分割として成立している形式を整える。
遺産分割協議の後に新しい遺言書が見つかった場合の対処法
協議がまとまった後に、さらに新しい日付の遺言書(タンスの奥から自筆証書遺言が出てきた、など)が見つかるケースもあります。原則として最新の日付の遺言書が優先されますが、この場合もやはり相続人全員の合意があれば、成立済みの遺産分割協議を有効とすることが可能です。
対応フロー
- 新しい遺言書の内容を確認し、家庭裁判所で検認を受ける(自筆証書の場合)。
- 遺言内容と協議内容を比較する。
- 全員が「協議内容のままで良い」と合意すれば、再度の協議や手続きのやり直しは不要な場合が多い。
- 一人でも「新しい遺言書に従いたい」と言い出した場合は、協議をやり直す必要がある。
遺言書と遺産分割協議について知っておくべきよくある質問

ここまで解説した内容に加え、実際のご相談現場でよく寄せられる疑問にお答えします。個別の事情により判断が分かれる部分もありますが、一般的な法解釈としての指針をご確認ください。
Q1. 遺言書が公正証書遺言でも、協議で内容を変えられますか?
ご安心ください、可能です。遺言書の種類が自筆証書遺言であっても、公証人が作成した公正証書遺言であっても、効力の優先順位に違いはありません。どちらの場合も、相続人全員および受遺者等の同意といった条件を満たせば、遺言内容と異なる遺産分割協議を行うことができます。
Q2. 相続人のうち一人でも反対している場合はどうなりますか?
残念ながら、一人でも反対する相続人がいる場合、遺言書と異なる遺産分割協議は成立しません。この場合、原則通り遺言書の内容に従って遺産を分けることになります。もし遺言内容が極端に不公平で納得できない場合は、最低限の取り分である「遺留分」を請求すること(遺留分侵害額請求)を検討することになります。
Q3. 遺言執行者が協議に同意してくれません。
遺言執行者には「遺言内容を実現する」という法的な義務があるため、安易に同意できないという立場を取ることがあります。その場合、無理に協議を進めることは法的に危険です。粘り強く説得するか、あるいは家庭裁判所に遺言執行者の解任を申し立てるなどの法的手段が必要になるケースもありますが、ハードルはかなり高いとお考えください。
Q4. 遺産分割協議書を作成する際の注意点はありますか?
遺言書が存在することを前提とした記述にすることが重要です。「被相続人は遺言書を残しているが、相続人全員の合意により、以下の通り遺産分割を行う」といった趣旨を明記しましょう。これにより、後から「遺言書の存在を知らなかったから無効だ」といった主張を防ぐことができます。
まとめ:遺言書を尊重しつつ、円満な遺産分割協議を

遺言書が見つかっても、必ずしもその内容に縛られるわけではありません。相続人全員の合意という条件さえ満たせば、ご家族の実情に合わせた柔軟な解決が可能です。しかし、手続きには受遺者や遺言執行者の同意、税務上の配慮など、専門的な知識が必要な場面も多々あります。
遺言と異なる分割を成功させるための重要ポイント
- 相続人全員が遺言内容を理解し、合意していること。
- 遺言執行者や受遺者がいる場合は、必ず事前に同意を得ること。
- 贈与税などの無駄な税金がかからないよう、手続きの順序に注意すること。
- 合意内容は必ず「遺産分割協議書」として書面に残すこと。
手続きに不安が残る場合は専門家への相談も検討
ご自身たちだけで判断して進めると、後から登記が通らなかったり、思わぬ税金が発生したりするリスクがあります。法律や税金の話ばかりで頭が痛くなってしまったかもしれませんが、一番大切なのは、残された皆様が笑顔で納得できるかどうかです。後日のトラブルを確実に回避し、円満な相続を実現するためにも、まずは相続に強い弁護士や司法書士へ相談し、法的なチェックを受けることを強くお勧めします。